「医薬品マーケティングの基本戦略」 ミッキー・スミス

医薬品マーケティングの大御所ミッキー・スミス博士による40年間の集大成がこの書籍です。本書は、DMC社代表である植田南人氏ほか「医薬品マーケティング研究会」の方々により翻訳されました。ボリュームがあるとともにおそらく英語も難解で、訳出にはご苦労も多かったのではないでしょうか。まずは、翻訳に携わられた皆様に敬意を表します。

本書がカバーする範囲は、医薬品業界を取り巻く「環境」に始まり、マーケティングの要素である製品、価格、流通、プロモーションの全てを網羅しているほか、製品開発やOTC製品のマーケティングにも及んでいます。つまり、医薬品マーケティングを包括的に論じた類をみない書籍であり、本書が翻訳されたことは医薬品業界にとっても意義深いものだと思います。

さて、内容ですが正直言って、難解で決して読みやすい本ではありません。私自身、読破するのに苦労しましたし、内容を咀嚼しきれてはいません。特に、「環境の概論」については米国のケースであり、米国の医療システムを理解していなければ非常に理解しづらい内容です。また、日本の市場においてマーケティング戦略の短期的なノウハウや戦術的なスキル向上にすぐに活かせられるような内容でもありません。

本書は、医薬品マーケティングの「原理」「考え方」を包括的かつ論理的に纏めたもので、時として社会から批判を浴びる「医薬品マーケティング」に真摯に立ち向かい、「医療用医薬品の特殊性」を明確に分析した上で、マーケティングの誤解を解き明かすため、業界関係者のみならず業界外への著者の分析とメッセージを示したものです。特に最終章「結論」においては、著者の医薬品業界や医薬品マーケティングへの想いが込められています。

最後に、著者が医薬品マーケティングの意義を明確に示す記載がいくつかあります。私自身も感銘を受けた箇所であり、それをご紹介します。

・企業や業界が最後に問われるのは社会との適合である。もちろん医薬品産業は社会に適合しているといえるが、個々の企業や製品が社会に適合しているかどうかは最終的に市場で決まる。
・QOLを定義する能力、その違いを測定すること、それに対する医薬品の積極的な効果を実証することは、医薬品マーケターにとって大きな商業的重要性を持つが、それらはより深い哲学的な問題であることも理解すべきだろう。QOLの商業的重要性は、人間的重要性からもたらされたものなのである。
・製薬産業は、治療上の技術的進歩があって生活が成り立ち、栄える。これは良く理解されている。加えて、理解すべきことは、医薬品産業の外で起きた技術革新が、医薬品マーケティングの実務に著しい影響を与え得るし、しばしば与えているということである。
・マーケティング戦略とは、顧客により良い価値をもたらすようにその特有の強みに資本を投入し、競合との差別化を効果的にするために道しるべとなるべきものだ。良いマーケティング戦略は、次のような特徴がある。「1.市場の定義が明確である」「2.企業の強みと市場のニーズがうまくマッチしている」「3.事業を成功させる鍵になる要因において、競合よりも能力が優れている」
・(医薬品)マーケティングは、まだ満たされていない患者のニーズがある一般的な状況から、新しい治療法の創造によって、多くのニーズが満たされる状態に持っていくものである。(医薬品)マーケティングは、医療従事者に製品を押し付けるものではない。むしろ、医師に対して、個々の患者の特異的なニーズに合うように注意深く特徴付けた医薬品情報の選択肢(インフォームドチョイス)を提供する。患者の治療に必要とされるものは、その疾病の性格や症状、合併症、併用薬、ある副作用に対する忍容性、年齢、性別、人種的背景、過去の薬歴、アレルギー、その他の要素によって、大きく異なる。薬の選択肢が多ければ、個々の患者にぴったり合った治療法を選ぶことが可能になる。マーケティングは医療従事者に対して個々の製品の特性を知らせることにより、インフォームドチョイスを可能にするのだ。
・「優れた医薬品マーケティングは、優れた薬である。」

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