「臨床研究イノベーション」 井村 裕夫

本書は、臨床研究とは何か、なぜ今それが必要なのか、臨床研究にはどのような種類があるのか、そこにどのような問題があるのか、それを克服するために今何をなすべきかについて、経験豊富な医師として、また教育者として、これからの医療や臨床研究の担い手である医学生や若手医師に向けてのメッセージとして書かれた書籍です。

医薬品開発や臨床試験などについてある程度知識がないとやや難しい内容ですが、臨床研究の種類やそれぞれの定義・目的について、事例も挙げながら解説されており、医学生や医師のみならず、製薬企業で研究開発に携わる方や、CROで臨床試験に従事される方にとっても知識を整理したり、日本における臨床研究の現状や課題を把握する上で一読する価値のある書籍であると思います。私自身も、臨床研究の種類に関して知識を整理し、医師の立場から見た臨床研究への思いや考え方をインプットできる良い機会になりました。また、医薬品マーケティングを考える上でも臨床試験やエビデンスを避けて通ることはできませんので、臨床研究に関する知識の習得や現状の課題を理解することは我々のようなメディカルコミュニケーション・エージェンシーにとっても重要なことです。

さて、本書の概要を次のとおりにまとめてみました。

臨床研究とは、個々の疾患について病気の成立機構を明らかにし、病気の診断・治療・予防の方法を確立する分野である。臨床研究は大別すると、疾患指向型研究(DOR)と患者指向型研究(POR)の二つである。

DORは、個々の病気の原因、発生病理、診断法や治療法の研究開発を目指したものであり、ゲノム、プロテオーム、ルノームなどの研究進歩、国際的な一流医学雑誌への掲載の機会も多く成果が華やかで注目度も高いため、近年、きわめて活発である。

一方、PORは、医師が個々の患者を直接観察、分析したり処置を加えて行われる研究であり、研究の完遂には多大な努力、労力が必要であるが、成果は一般的に地味であり注目度は相対的に低い。
DORとPORは、互いにさまざま交流があり、DORからPORへの流れとともにPORからDORへの両方がある。PORからDORへの例として、臨床の観察から端を発して基礎研究が進められたエイズなどが挙げられる。

わが国においては、臨床研究、とりわけPORの遅れが顕著である。医療用医薬品、治療機器、診断機器などの輸入比率が高いことからも医療・医薬品産業への応用も進んでいない。
また、”NEJM”や”Lancet”などPORの論文を掲載する一流雑誌へのわが国の寄与率は1~2%と常に低い。PORが遅れている原因には、研究者の意識の問題、生物統計学者不足をはじめとする支援人材不足の問題、教育制度の問題などがある。

PORは、記述的研究と分析的研究に大別され、前者には症例報告と症例研究、後者は、さらに介入研究と観察研究に分かれる。介入研究には、ランダム化比較対照試験と非ランダム化比較試験がある。観察研究としては、横断研究、縦断研究、コホート研究、ケースコントロール研究がある。

トランスレーショナルリサーチは、その定義について意見の一致はないが「基礎研究の成果を効果的に疾患の診断や治療に応用する研究であり、DORからPORへの技術移転を促進する研究である。と同時に、PORからDORへのフィードバックも伴う双方向性の研究」と考えうる。

生命科学が大きく進歩した現在、重要なことは、その進歩した「科学の知」が人間の健康の維持や疾患の克服に役立つことである。特に、高齢化の進展に伴う医療、介護の付加の大きい日本では、医学の分野でトランスレーショナルリサーチの重要性と緊急性が高い。

PORを推進するためには、?医学教育の改革と医学者の評価方法の改善、?支援人材の育成、?研究費と新しい型の臨床研究、?臨床研究センターの充実、?制度改革、?承認審査制度の改善、?法律の制定、?人由来の組織などの利用のあり方について、見直す必要がある。

PORは、「人を対象とする学問」である特性から、「科学の知」とは異なり、漠然とした曖昧さを持つため、洗練された確固たるものにしていくことが課題である。一方で、眼前の患者の声を聞きつつ、研究の方向性を決めることができ、その患者や病気の観察を通じて、何かを発見することができる。そこには、医師科学者の新しい挑戦の場が準備されているのであり、優れた医師科学者が出現することを期待する。

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